スローダウンプリーズ


土曜日東京へ着くと雨だった。清潔な部屋にはポーチドエッグの冷めたココットがあって、東京FMは優しい声のDJが三度目のタイトルコール。ベランダの窓を開けると夏の前の雨の匂いだった。「それではお聴きください、シンギン・イン・ザ・レイン」
僕は自由だ。今日はとても好きな君に嫌われないように気をつけなくていい。何をしてもいい。他の男の子と遊んだり水たまりに入ったり昼過ぎまで寝たっていい。たった1日だから寂しくもならない。
お姉ちゃんが仕事に出かけてから、ベランダに出て煙草を吸った。お姉ちゃんは煙草を吸わないはずなのに、ラークのロングの焦げたフィルターがスターバックスのプラコップに4つ入っていた。向かいにはくすんだ黄緑色のマンションがあって、ベランダには各々植木鉢だとか物干し竿やバケツが置いてある。知らない町にも知らない生活があるんだなあ、と思う。
雨で霞んだ向こうにはぼやけたスカイツリーがある。スカイツリーを見るのは初めてなんだった。特に感想は無し。

マンションから出て歩く。湿気が多くて髪の毛がはねるのを気にして、やめた。ひとりぼっちもたまにはいいもんだ。ゆっくり歩いても遅れたりしない。君や友だちに。
交番の隣に小さい公園がある。こんなところで誰も遊びやしないだろう、と思う。少なくとも幼い僕は寄り付かなかっただろう。
なんでもないことが幸せだなんて思うような惨めな人生は嫌だな。そんなこと言うとみんなに怒られるかもしれないから嘘だよって言おう。
女に生まれてよかったことは君の恋人になれたこと以外ないな。お姉ちゃんは悪い人に遊ばれてるのかな。早く帰ってこないかな。今日の夜は美味しいベトナム料理屋さんに連れて行ってくれるらしい。楽しみだな。
だけど雨は止みそうにないな。まあいいか。